大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

千葉地方裁判所 平成7年(わ)564号 判決

主文

被告人を懲役二年六月に処する。

未決勾留日数中二〇〇日を右刑に算入する。

被告人から金二万三〇〇〇円を追徴する。

訴訟費用中、証人A、同X(第二回及び第七回各公判期日分)、同B子及び同Eに支給した分は被告人の負担とする。

平成七年五月一日付起訴状記載の公訴事実については、被告人は無罪。

理由

(犯罪事実)

被告人は、

第一  みだりに、平成七年一月六日ころ、千葉県木更津市〈略〉所在の被告人経営の料理店「T」店内において、Aに対し、覚せい剤であるフェニルメチルアミノプロパン塩類を含有する白色結晶状粉末〇・九〇九グラム(平成七年押第一三四号の6はその一部)を代金二万三〇〇〇円で譲り渡し、

第二  法定の除外事由がないのに、同月下旬ころから同年二月二〇日までの間、千葉県内、東京都内又はその周辺において、覚せい剤であるフェニルメチルアミノプロパンを自己の身体に摂取し、もって覚せい剤を使用し

たものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(補足説明)

一  覚せい剤譲渡の事実について

1  被告人は、公判において、平成七年一月六日にAと料理店「T」で会ったことはあるが、同人に覚せい剤その他の薬物を譲渡したことはないと供述する。しかし、証人Aの証言その他関係証拠によれば、判示第一のとおり、被告人は同人に覚せい剤を譲渡したものと認められる。

2  現行犯人逮捕手続書謄本(甲1)、捜索差押調書(甲2)、鑑定書(甲5)、覚せい剤一袋(平成七年押第一三四号の6)等によれば、Aが平成七年二月一六日に船橋東警察署を訪れて、ビニール袋入り覚せい剤粉末(〇・九〇九グラム)を提出したことが認められる。

そして、Aは、右覚せい剤の入手先は被告人であると証言し、その経過について、「自分は、食品納入のために被告人経営の『T』に出入りしていた。被告人の自動車を買うことになっていたのを平成六年一二月に断ったところ、被告人から一三〇万円の弁償を請求された。平成七年一月六日(以下、断らない限り平成七年)に『T』に行くと、被告人から、車を買えないんだったら、お金になる方法を教えてやると言われ、配膳室に案内された。被告人は、タオルの包みを出し、中の茶封筒から白い結晶状の粉末が入ったビニール袋を三、四個取り出し、『スピン』だと言って、売ってくればお金が作れると言った。そこで、自分の方から譲って下さいと言って、二万三〇〇〇円で売ってもらうことになった。被告人は、『スピン』が幾らで売られているかをメモ紙に書き、一グラム分をデジタル秤で計ってビニール袋に小分けして、これらを渡してくれた。一万円札四枚を被告人に渡し、一枚はそのまま返してもらい、もう一枚を被告人が配膳室のリフトで下に降ろし、両替されて戻ってきた千円札で七〇〇〇円もらった。それから、被告人が銀紙の上にスピンを二、三粒載せて下からライターの火であぶり、二人で煙をストローで吸ったところ、髪の毛が立っているような感じがした。その後、覚せい剤ではないかと思いながら右粉末を所持していたが、二月一六日に警察に相談に行って右粉末を提出し、被告人から買ったと話した。」と証言している。

3  右のとおり、Aは具体的かつ詳細に譲り受け状況を証言している。同証言によれば、Aは右以外に覚せい剤を入手したり使用したりしたことはないとのことであり、他の証拠を検討しても、Aが逮捕される危険を犯して警察に出頭し、被告人を罪に陥れるような動機は認められない。

また、Aが出頭時に提出したメモ紙(同押号の7)には「スピン」「1g2万3千円」など右証言に符合する記載があること、被告人が自ら記載したことを認めている日記帳及びファイル帳(同押号の4、5)にも「1/6 1g2万3千円 A コレハスゴイ 2万3千円」「1/6日 Aに1プク 初めてのヤツはスゴイ『人間かわってくる』」等の記載があること、「T」の配膳室からデジタル秤が押収されていることは、右証言の信用性を裏付けるものである。

一方、弁護人は、Aが警察に出頭した際、右証言と異なり、譲受けの日を一月一三日と、代金を二万一〇〇〇円と各供述した点を問題にする。しかし、Aは、日付については、「T」には毎週金曜日に行っており、譲り受けたのはこの年に初めて行った日であって、当初は、それが一月六日の金曜日では早過ぎるかもしれないと思い、行ったのが確実な一三日と述べたが、その後自分の日報を見たら六日に行ったことが分かったと証言している。また、代金については、警察に提出した前記メモ紙に二万一〇〇〇円という記載もあったので(右メモ紙には「1g-2万1千円」の記載がある。)、当初はそちらの金額を述べてしまったが、後に、札をやりとりした状況を思い出して二万三〇〇〇円に変更したと証言している。これらの説明には合理性がある。

弁護人は更に、被告人がAに覚せい剤を転売させても車関係の多額の弁償金を作らせるのは無理であると主張するが、被告人の供述によっても、被告人の弁償金の要求は法外なものであり、Aに覚せい剤を買わせるための口実に使ったにすぎないと理解できる。

以上によれば、A証言の信用性は高いといえる。

4  被告人と二回会ったことがある証人B子は、一月四日に被告人と新宿のホテルに入った際、被告人は白い結晶を置いたアルミを下からライターであぶり、煙をストローで吸っていた、被告人はこれを「シャブ」とも言っていた、二月一六日に会ったときにも同じように煙を吸っていたと証言している。同証人が敢えて被告人に不利な虚偽の供述をする動機は窺われない。また、前記日記帳の「B子」の頁には、「1/4 新宿にいどうしホテルに入り、……スピンてのはこれだとあぶってみせた B子はシャブはポンプでするものだと思っているので何だかわからない」など右証言を裏付ける記載がある。これらによれば、被告人は「シャブ」を「スピン」と称して、A証言と同様の方法で使用していたことが認められる。

5  これに対し、被告人は、公判において、一月六日にAから二万三〇〇〇円を借金の返済として受け取り、また、同人に「エクスタシー」という性的に興奮する錠剤を飲ませたことはあると述べている。しかし、前記日記帳の「1/6 1g2万3千円 A コレハスゴイ 2万3千円」との記載からすると、借金の返済とは考えられない。また、被告人は、二月二〇日から三月二八日にかけて検察官調書(乙9、10、12)、警察官調書(乙1、2、4、5)において、再三、Aに対してスピンという白色の固まりを二万一〇〇〇円か二万三〇〇〇円で譲り渡した旨、スピンは使用方法、効き目は覚せい剤と同じだが覚せい剤ではない旨述べており、被告人の供述には一貫性がない。被告人は、取調警察官から認めれば執行猶予になると言われて右供述をしたと述べるが、そこでも犯意は否定していること、被告人には累犯前科があること、そして取調警察官である証人Cの証言に照らすと、そのような取調べ状況であったとは認め難い。

このように、被告人の公判供述は信用性が乏しい。

6  以上によれば、判示第一のとおり、被告人が覚せい剤粉末〇・九〇九グラムを、覚せい剤と認識した上でAに譲渡したことは明らかである。

二  覚せい剤使用の事実について

1  関係証拠によれば、被告人が二月二〇日に任意提出した尿から覚せい剤が検出されており、判示第二の時期、場所において、何らかの方法により覚せい剤が被告人の体内に摂取されたことは明らかである。

2  これについて、被告人は、三月一七日付警察官調書(乙7)及び同月二二日付検察官調書(乙11)では、「二月一八日午前一時半ころ、東京都新宿区歌舞伎町の雑居ビルの階段踊り場で、銀紙の上に置いた覚せい剤を下からライターの火であぶり、その煙を銀紙で作ったストローで吸った。」と供述していた。

しかし、被告人は、三月二八日付検察官調書(乙13)において、「覚せい剤を自己の意思で使用したことはない。前記尿から覚せい剤反応が出たのは、二月一八日午前一時半ころ、新宿の『アルタ』というビルの前でXと会った際、同人から風邪薬と言って渡された薬を飲んだが、その中に覚せい剤が入っていたからではないか。Xとは、平成六年一二月に、東京錦糸町のロッテ会館前で同人が被告人の自動車を蹴ったことから知り合い、その後、車やネックレスを販売する件で平成七年二月一八日に新宿で会った。」などと供述を変更し、公判でもほぼ同様の供述をしている。

そして、証人Xの証言及び同人の三月二三日付検察官調書(同押号の1)によれば、同人は、同日、千葉地方検察庁検察官室において、まず自分の担当検事に、次いで被告人の担当検事であるP副検事に右検察官調書記載の趣旨の供述をし、同副検事が録取した同調書の読み聞かせを受け、誤りのないことを申し立てて署名指印したことが認められる。そして、同調書には、「二月一八日ころの午前一時三〇分ころ、東京新宿のアルタという建物の前道路で甲野太郎〈被告人〉という男に一・五~二・〇センチメートル位の大きさのカプセルに入れた覚せい剤一個をただでくれてやりました。甲野はかぜをひいたと言うので私は『かなりききますよ』と言って風邪薬のような意味で渡したのです。」とあるほか、被告人供述と同様の交際経過が記載されている。

3  しかし、証人Xは、検察官に対する右供述は全くの虚偽であり、三月二二日に千葉地方検察庁の留置場で初めて被告人に会った際に、被告人に頼まれて述べたものであると証言し、「同日午前一〇時から午後五時ころまでの間に房内で数時間被告人と一緒になった。互いの身上や事件の話をしているうちに、被告人が自己の覚せい剤使用被疑事件について、覚せい剤と知らずに風邪薬だということで飲めば使用の罪にならない、誰かかぶってくれる人間がいないかと言い出した。(Xは)自分の覚せい剤取締法違反の事件は執行猶予になると考えており、被告人が車や貴金属が安く手に入る、覚せい剤を安く回せると言っていたことから、それなら僕が乗りましょうかと答えた。そして、被告人から覚せい剤五〇グラムをただでもらうことで引き受け、被告人の電話番号木更津局の○○-××××を聞いて覚えた。それから、二人で前記検察官調書のような話を少しずつ作っていった。その後、近いうちに刑事か検事に話しておくと被告人に伝えた。」と供述している。

右のとおり、X証言は具体的で詳細であり、当時同じ房にいて二人の会話を聞いていた証人Dの証言もほぼ同趣旨である。また、両名の証言によれば、看守は約七メートル離れた位置(実況見分調書謄本(甲42)参照)にいて、ときおり房の前を通ることはあったようであるが、被告人とXは房の奥に座っており、右のような会話をすることは不可能ではなかったといえる。

もっとも、弁護人申請の証人Eは、五月中にXと同房になった際、Xが、被告人に風邪薬と言って覚せい剤を飲ませたが自分は罪になるのかなと言ったのを聞いた旨証言している。しかし、証人Xは右E証言後の再尋問において、Eにそのような話をしたことを明確に否定し、その供述態度には全く作意的なものは窺われない。右X証言によれば、話したとすれば、虚偽の供述をしたことが起訴されるかもしれない、あるいはそれがどのくらいの刑になるかということだと思うと述べており、E証言はXのそのような発言をとらえたものである疑いもある。

よって、X証言の信用性は高いといえる。

4  これに対し、被告人は、公判において、Xとは三月二二日に検察庁の留置場で会って話をしたが、そのときXから被告人に覚せい剤を入れたことを話してきたので、どうすんだよと言ったら、Xは自分がちゃんと検事等に話すと答えたなどと述べている。しかし、そのような重大な告白だったにもかかわらず、被告人の供述する会話の状況は曖昧で、被告人がさして怒った様子もない。同日以後の被告人の供述調書をみると、Xからもらった風邪薬のアンプルに覚せい剤が入っていたのではないかと思う(三月二八日付乙13)、Xから風邪薬と言ってカプセルをもらったが覚せい剤をもらったことはない(証憑湮滅教唆についての四月一一日付乙8)というもので、Xから留置場で告白を受けたことは全く触れられておらず、告白を前提とした内容でもない。

このように、X証言を否定する被告人の供述には信用性がない。

また、被告人は、執行猶予になると思っていたので虚偽の自白をしたと述べるが、前記一の5の点に加え、当時被告人は自己使用だけでなくAに対する覚せい剤譲渡で起訴される可能性も残っていたことを考慮すると、右供述も信用できない。

5  右X証言及び自己使用を認める被告人の供述調書に加えて、被告人がシャブという物の煙を吸入するのを見たという前記B子証言を総合すると、被告人が、判示第二の時期、場所において、覚せい剤と認識した上で、自己の意思でこれを体内に摂取した事実を認めることができる(被告人は使用の時期等について、一応捜査段階で具体的に述べているが、その後の供述等に照らすと、全面的にこれに依拠することはできず、判示の限度で認定した。)。

(累犯前科)

一  事実

1  平成三年一二月二五日千葉簡易裁判所宣告、窃盗罪、懲役一年(三年間執行猶予、平成四年六月一九日右猶予取消)、平成六年五月一三日刑の執行終了

2  平成四年六月三日千葉地方裁判所木更津支部宣告、右執行猶予中に犯した窃盗罪、懲役一年、平成五年五月一三日刑の執行終了

二  証拠

前科調書(乙17)、右2の前科についての調書判決謄本(乙21)

(法令の適用・刑法は平成七年法律第九一号附則二条一項本文により同法による改正前のものを適用)

一  罰条

第一事実 覚せい剤取締法四一条の二第一項

第二事実 覚せい剤取締法四一条の三第一項一号、一九条

二  再犯加重 刑法五六条一項、五七条

三  併合罪加重 刑法四五条前段、四七条本文、一〇条、一四条(犯情の重い第一の罪の刑に加重)

四  未決勾留日数算入 刑法二一条

五  追徴 国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例等に関する法律一四条一項一号、一七条一項

六  訴訟費用一部負担 刑事訴訟法一八一条一項本文

(証憑湮滅教唆罪についての無罪の理由)

一  平成七年五月一日付起訴状記載の公訴事実は、「被告人は、同人の所持していたカプセル入り覚せい剤は、譲渡人から風邪薬だといって渡されたものであった旨の虚偽の事実を作出して、自己の覚せい剤取締法違反被疑事件につき有利な処分を得ようと企て、平成七年三月二二日、千葉市中央区中央四丁目一一番一号所在の千葉地方検察庁内一時留置場第八房において、同房者のXに対し、『二月一八日ころの午前一時三〇分ころ、東京新宿のアルタという建物の前道路で俺にカプセルに入れた覚せい剤一個をただでくれてやった。その時、俺がカゼをひいたというので、風邪薬だと言って、俺に渡したことにしてくれ。』、『この話は検事の調べの時に話してほしい。』などと虚偽の事実を検察官に供述して、検察官調書を作成するように依頼し、右Xをして、翌二三日、同検察庁検察官室において、担当検察官に対し、その旨の虚偽の事実を供述して、内容虚偽の検察官調書を作成させ、もって右Xに対して他人の刑事被告事件に関する証憑を偽造するように教唆した。」というものである。

前記補足説明二のとおり、X証言等によれば、概ね右公訴事実のとおり、被告人は判示第二の覚せい剤自己使用の被疑事実により勾留中の平成七年三月二二日、Xに対して、捜査官に虚偽の供述をすることを依頼し、Xは検察官にその旨の供述をして検察官調書が作成されたことが認められる。なお、被告人とXは供述調書作成の点は話し合っていないが、両名とも、供述すれば供述調書が作成されることがあり、そのときには署名押印に応じることを当然予定していたと認めうる。

これに対し、弁護人は、仮に当該事実が認められるとしても、参考人の捜査官に対する虚偽供述は証憑偽造罪にあたらず、供述調書が作成された場合も同様であるから、被告人の行為は同教唆罪にあたらないと主張している。

二  本件のように参考人が捜査官に虚偽の供述をし、捜査官をしてこれに基づく供述調書を作成させる行為については、それが証憑湮滅罪の保護法益である当該刑事事件の適正な捜査、審判を阻害するおそれがあることは否定できない。

ところで、刑法(平成七年法律第九一号による改正前のもの)は、刑事事件に関する国家の司法作用(ここでは拘禁作用は除く)を保護の対象とする罪として、宣誓した証人の偽証(一六九条)、宣誓した鑑定人又は通訳人の虚偽鑑定又は通訳(一七一条)、他人に誤った刑事処分等を受けさせる目的をもった誣告(一七二条)、犯人等の蔵匿・隠避(一〇三条、以下「犯人隠避」という。)及び証憑湮滅(一〇四条)を規定している。そして、犯人隠避のほか証憑湮滅(偽造)についても、規定上明示されていないものの、虚偽供述という方法でこれを犯すことを想定することはできる。しかし、以下の理由により、刑法は、虚偽供述を手段とする刑事司法作用の妨害については、それが明示的に行為類型とされている偽証、虚偽鑑定又は通訳及び誣告(以下「偽証罪等」という。)と、犯人の身柄の確保ないし特定作用を害する犯人隠避に限って可罰性を認める趣旨であり、それ以外の虚偽供述について証憑湮滅罪が成立することはないと解するのが相当である(大審院昭和九年八月四日判決・刑集一三巻一四号一〇五九頁、最高裁昭和二八年一〇月一九日決定・刑集七巻一〇号一九四五頁等参照)。

1  前記各処罰規定による保護の対象は、刑事事件に関しては、それぞれ国家の捜査、審判、刑の執行の各作用の全部又は一部であって(ただし、誣告は個人的法益を含む)、必ずしも同一ではないが、いずれも国家の司法作用を保護するものであることに変わりはない。しかるに、刑法が明示的に虚偽供述を処罰対象としているのは偽証罪等に限られている。

確かに捜査、審判にとって人の供述は重要な証拠である。しかし、人の供述にはもともと不誠実で移ろいやすい面がある。供述事項との利害関係、事件関係者その他との人間関係、他からの圧力等によって、往々にして、人の供述は真実と虚偽(ないし記憶どおりの内容と記憶に反する内容)の間を変転し、また、虚偽(ないし記憶に反すること)を織り交ぜてなされる。人の供述の証拠価値は、このような性格を踏まえて評価されるべきであり、現にそのようになされているのが一般である。物的証拠のように、一見動かし難い証拠が捏造される場合に比べると、虚偽供述によって司法作用を侵害する程度は高いものではない。

そうすると、刑法の虚偽供述に対する基本的な態度は、刑事司法作用の中で最も重要な段階である審判手続(及びそれに近い形式の証拠保全や公判前の証人尋問の手続)で宣誓の上なされた虚偽供述と、被申告者の利益をも害する誣告に限って処罰する趣旨であると解すべきである。

2  虚偽供述が証憑湮滅罪に該当することになると、処罰の対象は非常に広範で不明確になる。すなわち、当該刑事事件に関する虚偽の供述は、これを取扱う捜査・審判機関ばかりでなく、弁護人や一般私人に対してもなされ、関係する民事・行政手続でもなされる。そのような供述であっても、録取あるいは聴取者の記憶を介して後に当該刑事事件の捜査・審判手続に提出されることは可能であり、刑事司法作用を誤らせるおそれがあるものとして、同罪に該当することになってくる(刑事司法作用を妨害する積極的意図は同罪の要件ではない。)。しかも、同罪にいう証憑とは、犯罪の態様や刑の軽重、情状に関する資料にも及ぶとされているから、その面でも対象に広がりがある。こうした処罰対象の問題は、単に起訴裁量によって解決できるものではない。

これに対し、虚偽の供述による犯人隠避では、処罰の対象は犯人の身柄の確保ないし特定を妨げる虚偽供述に限られる。かつ、それは情状関係などに比べて遥かに重要な事項である。供述の機会や方法も、捜査機関への申告や情報提供等、隠避の目的を達するようなものでなければならない。右のような刑事司法作用に対する有害性の程度や、処罰対象を画する要件の存在に鑑みると、前記1の理解を前提にしても、虚偽供述を手段とする犯人隠避罪については、これを肯定する必要性と合理性がある。

3  偽証罪等に該当しない訴訟上の虚偽供述について一部検討すると、刑事・民事訴訟における宣誓無能力者についてはその能力に照らし、民事訴訟における宣誓拒絶又は免除の証人(実際上は稀有と思われるが)についてはその証言事項に照らし、いずれも宣誓をさせても真実の供述を期待することはできないとして、宣誓をさせずに証言させるものであるから、刑罰をもって真実の供述を強制することは妥当でない。

また、民事訴訟の当事者尋問では、当事者が訴訟の結果に直接の利害関係があり、陳述の証明力に限界があることを前提として、宣誓の上虚偽の陳述をしても過料の制裁を受けるにとどまっている(民訴法三三九条)。例えば、従業員が起こした犯罪の被害者(原告)が使用者(被告)に民法七一五条による損害賠償を請求した場合や、犯罪被害者(原告)が犯罪者に対する損害賠償請求権に基づいて第三債務者(被告)に代位訴訟を提起した場合等を考えると、各原告、被告が当該犯罪について虚偽の陳述をしたからといって、これに刑罰を加えるのは前記民事訴訟法の趣旨に反すると考えられる。

4  捜査官等は既に収集した資料から、事件について一定の見解をもって取調べや事情聴取に臨むことがある。参考人の虚偽供述について証憑偽造罪が成立することになると、参考人が捜査官等の見解と異なる供述をした場合、捜査官等の認識としては参考人は同罪を犯すことになる。捜査官等のこのような認識が取調べや事情聴取に反映すると、もちろん参考人から記憶どおりの供述が導かれることもあるが、逆に、記憶に反する供述が導かれるおそれも否定できない。

右に述べたような、刑法における虚偽供述の取扱い、処罰対象の過度の広がりと不明確性、関連法規との整合性等を考慮すると、前記のとおり、偽証罪等及び犯人隠避罪に該当しない虚偽供述については、証憑湮滅罪によって処罰されることはないと解すべきである。

なお、検察官は、参考人の虚偽供述が証憑湮滅罪に該当する根拠として、参考人はその実質を考えれば同人に保存された過去の記憶であり、裁判例(最高裁昭和三六年八月一八日決定・刑集一五巻七号一二九三頁)において証憑湮滅とされている参考人の隠匿は、その記憶を使用できないようにする行為であり、虚偽を供述する行為は真実の記憶の顕出を妨げる証憑湮滅、あるいは虚偽の外観上の記憶を作り出すとともにこれを使用する証憑偽造及び使用であると主張する。しかし、右裁判例は、供述して証拠資料を提供しうる立場にある者、すなわち参考人を、捜査機関等が利用することを妨げる行為を証憑湮滅としたまでで、参考人の「供述」についての結論を左右するものではない。前記見解はあたかも「記憶」を「証憑」とするようであるが、証拠とはそれを知覚して事実を認定するものであって、知覚することのできない「記憶」を証拠とみることはできない。

三  本件のように、参考人の虚偽供述を捜査官が録取し、参考人が読み聞かせを受け、誤りのないことを申し立てて署名押印し、これによって供述調書が完成すると、供述内容は明確になり、かつそこに固定されることになる。右供述調書はいわゆる「証拠方法」として、後にその記載から供述者が知覚した事実を推認することができるようになる。しかし、その点をとらえて証憑湮滅(偽造)罪の成立を肯定すべきではない(以下、書面が作成された場合のみを対象とするときは証憑偽造罪と表記する。)。

その理由として以下の点を指摘することができる。

1  単に、供述が何らかの「証拠方法」に転化したことを理由に証憑偽造罪の成立を認めるとすれば、刑法が虚偽供述の可罰性を偽証罪等に限った趣旨を大きく損う結果になる。

すなわち、民事訴訟手続など供述の録取が法定されているものは多数存在する。そこでは、供述者は録取され(てい)ることを認識しているのが普通であるから、ほぼ全部について録取者を利用した証憑偽造罪の間接正犯が成立することになる。

録取が法定されていない場合でも、聴取者が供述中にメモや録音をとったり、署名押印を得るに至らないまでも一応供述録取書を作成したりすることは少なくない。これらの書類であっても、後記2のとおり、捜査、審判において証拠として使用される可能性のある証拠方法であることに変わりはない。ここでも、供述者は録取されていることを容易に認識するであろうから、録取内容が供述と全く違っていたとき以外は、ほとんど前同様に間接正犯が成立することになる。

これらのほか、捜査官等が作成した供述録取書に署名押印した場合を含めると、捜査官、弁護人の簡単な事情聴取や単なる私人間の話を除いては、虚偽供述の大半は何らかの証拠方法に転化し、証憑偽造罪の対象となってしまう。

2  検察官は、供述書との関係で、供述録取書に対する署名押印の意義を強調する。しかし、署名押印には証憑偽造罪の成否を左右する特段の意義は認められない。

署名押印は、録取内容の正確性を承認する意義を有しているにすぎない(検察官も同じ見解)。正確に録取されている限りそれ自体に虚偽性はない。署名押印は、二重の伝聞性を解消する効果を有するが(刑事訴訟法三二一条一項)、事実上はともかく、法律上は供述内容自体に真実性を付与したり、これを強化したりするわけではない。同条一項各号における証拠能力の差は、供述の真実性と関係するようであるが、それは聴取者の立場や供述された機会の違いによる真実性の情況的保障の差に由来するものであって、署名押印とは無関係である。他方、署名押印を欠く供述録取書や録音等も、同法三二六条の同意や録取の正確性を担保する外部的情況の存在等によって証拠能力を取得する余地がある。結局、公判段階においても、署名押印の有無は、それを欠くと録取の正確性も問題とされることから生じる証拠能力及び証明力の程度の差にすぎず、捜査公判を通じてみれば、いずれも証拠として使用されうるものであって、その危険性に決定的な違いはない。

また、供述者は、署名押印をして初めて作成に直接関与するとはいえ、署名押印を欠く供述録取書等でも、録取されていることが分かり切って供述しているのなら、証人尋問調書同様、間接正犯とすべきであって、ここでも署名押印に意味はない。

更に、参考人が捜査官から署名押印を求められた場合、虚偽の供述であっても、往々にしてそのままこれに応じることも多いと考えられ、供述録取書の作成と署名押印を要件としても、メモ等が除かれる程度で、処罰範囲を限定することはそれほど期待できない。

3  前記最高裁昭和二八年一〇月一九日決定は「刑法一〇四条の証憑の偽造というのは証拠自体の偽造を指称し証人の偽証を包含しないと解すべきであるから、自己の被告事件について他人を教唆して偽証させた場合に右規定の趣旨から当然に偽証教唆の責を免れるものと解することはできない。」と判示している。

証言あるいは手続上当然に作成される証人尋問調書の完成によって証憑偽造罪が成立するとすると、偽証した証人の行為は偽証と証憑偽造(後者であれば間接正犯)を犯し、特別法としての偽証罪のみが成立する。当該被告人については、それぞれの教唆にあたるが、犯人による証憑偽造教唆を肯定する判例の立場(大審院昭和一〇年九月二八日判決・刑集一四巻九九七頁等)からすれば、当然偽証教唆は可罰的となり、同罪のみが成立する。しかるに、右決定はこうした構成をとらず、犯人である右被告人が「証人の偽証」という証拠を偽造するという構成をとり、「証人の偽証」は証拠偽造の対象にならないとして、偽証教唆の可罰性を理由づけている。同決定は本件の問題に直接言及したものではないが、虚偽供述はもちろん、それに基づいて手続上当然に尋問調書が作成された場合も含めて、供述者に証憑偽造罪の成立を認めないことを前提にしたものと理解することができる。

4  捜査官等は、自己の見解と異なる内容の供述録取書が完成すれば、それによって参考人が証憑偽造罪を犯したと認識することになる。証憑偽造罪の成立を供述録取書が完成した場合に限るとしても、前記二の4の虚偽供述が導かれるおそれという問題は依然として存在する。

四  以上によれば、偽証罪等及び犯人隠避罪に該当しない参考人の虚偽供述について証憑湮滅罪は成立せず、また、手続上当然に録取され、あるいは、本件のように聴取者の裁量により供述録取書が作成され供述者が署名押印するなどして、右虚偽供述が証拠方法たる書面等に転化した場合についても、同罪として処罰すべきではないことになる。付言すれば、捜査官等が聴取した上で参考人に記述させた上申書等についても、供述が転化したといえるものであれば、同様に解すべきである。

なお、検察官主張のとおり、作成名義人による内容虚偽の上申書等の作成を証憑偽造罪とした裁判例が存在する(上申書につき東京高裁昭和四〇年三月二九日判決・高刑集一八巻二号一二六頁等、死亡事故発生報告書につき仙台地裁気仙沼支部平成三年七月二五日判決・判例タイムズ七八九号二七五頁。内容のみが虚偽の供述書は、作成者が作成時点で記載どおりの意思内容を表現したことに虚偽性はないが、実際の受領日よりも受領日付を遅らせた領収証を作成日付の当日に作成した場合等を考えると、証憑偽造罪の適用が考えられる。)。しかし、こうした裁判例は、参考人が取調べ等以外の場で、当初から虚偽の書面を作成することを企てて打ち合わせた上、虚偽の内容を書面に表現した事案であり、供述が書面等に転化した場合ではないから、当裁判所の見解と矛盾するものではない。

最後に、検察官は、本件のように全く関係のない第三者を参考人として偽作した場合は可罰性が高いと主張する。確かに、犯人が無関係の第三者を巻き込んで証拠湮滅を企てることは犯人の情状としては悪質であり、第三者が取引に応じて積極的に虚偽の供述をするのは極めて不当な捜査妨害である。

しかし、保護法益との関係では、無関係の第三者の虚偽供述の方が、一般に事件関係者のそれよりも刑事司法作用を阻害するおそれが強いというわけではない。無関係の第三者又は積極的な虚偽供述に限るといっても、被疑者の家族、友人、知人が情状関係を聴取されたときに罪体について虚偽供述を始めたらどうか、参考人として聴取されたが実際は何の関係もない者はどうか、捜査機関から関係者として把握されていた者が呼出しもないのに出頭し供述したときはどうか等の疑問が生ずる。右のような不明確な基準を適用して、敢えて本件について証憑湮滅(教唆)罪の成立を認めるのは相当でない。

五  以上のとおりであるから、弁護人主張のとおり、本件における前記Xの行為は証憑湮滅(偽造)罪に該当せず、前記公訴事実は同教唆罪とならないので、刑事訴訟法三三六条前段により、被告人に対し無罪を言い渡すこととする。

(量刑の理由)

補足説明において引用した関係者の証言等によれば、被告人の覚せい剤使用には常習性が認められる。その上、被告人は覚せい剤とは無関係であったAに対して有償でこれを譲渡し、その転売まで勧めている。被告人は、平成四年に毒物及び劇物取締法違反で二回罰金に処せられている上、前記累犯前科二犯があり、前刑終了後わずか八か月から九か月の間に本件各犯行に及んでいる。

しかも、補足説明のとおり、被告人は、捜査段階において、無関係の第三者に本件覚せい剤使用に関する虚偽の供述を依頼した上、その後も不合理な弁解を重ねている(なお、虚偽の供述等の依頼が証憑湮滅教唆罪に該当しないとしても、覚せい剤使用の情状として考慮することは許される。)。

以上によれば、本件の犯情は悪質であり、被告人に覚せい剤取締法違反の前科がないことを考慮しても、被告人の刑事責任は重いといわざるをえず、主文の量刑をしたものである。

(検察官 伊藤薫、加藤ゆかり、弁護人 堤一之、土佐康夫 出席、求刑懲役四年、追徴二万三〇〇〇円)

(裁判官 半田靖史)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例